大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 昭和45年(ワ)255号 判決 1973年3月09日

原告 梅津力雄 外一名

被告 株式会社北日本自動車学校

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の申立

(原告ら)

被告は、原告梅津力雄に対し、別紙目録記載1の株券を、原告梅律君代に対し、別紙目録記載2の株券を各交付せよ。訴訟費用は被告の負担とする、との判決。

(被告)

原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする、との判決。

第二、当事者の主張

(原告ら)

一、請求原因

1 被告は、昭和三八年二月一八日設立された、発行済株式の総数七、〇〇〇株(設立当初六、〇〇〇株)資本の額三五〇万円の株式会社であり、原告らは何れも被告の設立発起人として、原告梅津力雄(以下単に「原告梅津」という)は一株五〇〇円の額面株式五、二〇〇株、原告梅津君代(以下単に「原告君代」という)は一〇〇株引受けて設立時までにそれぞれ出資を履行したものである。

2 被告は別紙目録(なお株式会社北日本自動車練習所とは被告の旧商号である)記載の株券を作成しながらいまだに原告らにこれを交付しないので、原告らは株主の株券交付請求権にもとづき被告に対してその交付を求めるため本訴におよぶ。

(被告)

二、答弁

請求原因1のうち、原告らが出資を履行したことについては不知のほかその余は認める。同2のうち、原告ら主張どおりの株券を作成したことは認めるが、その余は否認する。

三、抗弁

原告らは次の理由により株券交付請求権を失つた。即ち

(イ)  原告らは、原告梅津が、自己名義をもつて引受けた株式五、二〇〇株と、自己が訴外石山象治ほか六名の名義で引受けた七〇〇株(名義人ごとに各一〇〇株)、および原告君代が引受けた一〇〇株の合計六、〇〇〇株(以下本件株式という)を昭和四四年三月一四日訴外佐藤邦彦に譲渡する旨同人との間で契約をした。右契約においては代金を三〇〇万円とし、その支払いは同年同月二一日限り一五〇万円、昭和四五年六月二一日限り一五〇万円とし、前者の一五〇万円の支払いと同時に株券が引渡されると定められた。

(ロ)  右契約は、株券発行前の株式の譲渡であるから、佐藤が第一回の代金を支払うと同時に原告らから佐藤に対し株券が発行された場合の株券受領代理権が授与され、かつ佐藤が右代理権にもとづいて被告から株券の交付をうけたとき直ちに原告らから佐藤に対し株券の引渡しがなされたものとするという合意を含むものである。

(ハ)  そこで佐藤は右契約にもとづき昭和四四年三月二一日原告梅津に対し代金の内金一五〇万円を支払いのため現実に提供した。よつて原告らから佐藤に対する株券受領代理権授与と株券引渡の効果が発生した。なお、このとき原告梅津は代金の受領を拒否したので、佐藤は同年四月五日秋田地方法務局に右一五〇万円を供託した。

(ニ)  被告は、同年三月二一日ころ券の発行を終え、佐藤から右のような株式譲渡の通知を受けたので、同年三月二二日原告らの株券をその受領代理人である佐藤に交付した。そこで佐藤はこれを被告に呈示して自己に対する名義書換を請求したので被告はこれに応じ、右同日ごろ右株券全部について佐藤に対し名義書換をした。

以上のことから、被告は、原告らとの株式譲渡契約にもとづく株券受領代理権を有する佐藤に株券を交付したので重ねて原告らに株券を交付すべき義務はない。

(原告ら)

四、抗弁に対する答弁

(イ)は認める。(ロ)は否認する。(ハ)のうち代金提供と供託の事実は認めるがその余は否認する。(ニ)は不知。なお被告の主張する右株式譲渡契約は株券発行前のものであるから、商法二〇四条二項により被告との関係では無効であり、被告もこれを承認し得ないものであるから、被告はなお原告らに対し株券を交付する義務がある。

五、再抗弁

1 被告が抗弁として主張する株式譲渡契約には次のような停止条件が付されていた。即ち

(イ)  原告らは、昭和四四年一月二二日本件株式を訴外辻川忠、同伊藤久二に三五〇万円で売却する旨同人らとの間で契約をし、同日同人らから手付金三〇万円を受領し、代金支払は同年三月二〇日一七〇万円、同年四月一五日一五〇万円と定めた。

(ロ) しかるに原告らは、前記佐藤邦彦から強引に本件株式の譲渡を申し込まれ、やむなく同人に対し右辻川らとの契約内容を知らせ、もし辻川らが約束どおり同年三月二〇日に代金の内金を支払わず当該契約が失効したら効力を発生するという了解のもとに右佐藤との間で被告主張の本件株式の譲渡契約を締結したものである。右契約にかかる契約書の標題を「株式譲渡仮契約書」としたのも、第一回目の代金の内金支払い日を同年三月二一日と辻川らの代金の内金支払い日の翌日としたのも、またその日に株券を引渡すとしたのもすべてそのためである。即ち右契約は原告らと辻川らとの契約が約旨に従い履行されないことを停止条件として成立したものである。

(ハ)  ところが、辻川らは右約旨どおり同年三月二〇日に内金一五〇万円を原告らに支払つた。したがつて、原告らと佐藤との右契約は条件不成就で無効となつた。

2 仮に被告主張の株式譲渡契約が有効であるとしても同年三月二一日佐藤が原告梅津に対して代金内金一五〇万円を提供したとき、同原告はこの受領を拒否したのでこれは被告主張の株券受領代理権授与を撤回するその委任を解任する意思表示とみるべきであるから佐藤の株券受領代理権はそのとき消滅した。そして佐藤は当時被告の代表取締役であるから被告も右事実を知つたことになる。従つてその翌日である同年三月二二日に被告が佐藤に本件株券を交付しても原告らに対抗できない。

(被告)

六、再抗弁に対する答弁

1の(イ)は不知。(ロ)は否認。(ハ)のうち辻川らが原告らに代金を支払つた点は不知、その余は否認。2のうち、佐藤が代金の内金を提供したこと、原告梅津がこれを拒否したこと、佐藤の当時の地位、株券交付の事実等は認めるが、その余は否認。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1の事実については、原告らの出資の履行の点を除いて当事者間に争いがないが、原告らの出資の履行についても原告梅津本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。

二、そこで、被告の抗弁および原告の再抗弁1について検討する。被告主張の抗弁の(イ)の事実については当事者間に争いがないが、原告らは再抗弁として、右の原告らと訴外佐藤邦彦との本件株式の譲渡契約にはその主張するような停止条件が付されており、そして右条件は不成就に終つたと主張する。

しかし、成立に争いのない乙第四号証、証人播磨良吉の証言、原告らおよび被告代表者各本人尋問の結果によれば、原告らと佐藤との譲渡契約のなされた昭和四四年三月一四日当時は、原告梅津、同君代、それに佐藤および訴外播磨良吉らが本件株式の譲渡について原告梅津方において談合し、その結論をその場で契約書にしたためたということが認められるのに、右契約書(乙第四号証)には、原告らの主張するような停止条件の記載が全くないこと、また前記各証拠のほか他の全証拠によつても当日の談合において原告らが既に本件株式を訴外辻川忠らに譲渡済みであるということが交渉の議題にのぼつたということさえ認めることができないので、結局少なくとも前記停止条件につき明確な意思表示にもとづく合意が成立したと見ることは困難である。

そこで進んで当日両者の間で暗黙のうちのかかる合意が成立したものと認められるか否かについて検討する。原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証その他前記各証拠によれば、なるほど原告らと佐藤との本件株式の譲渡契約のなされた右同日より五〇日余も以前である同年一月二二日に原告らと右辻川忠、訴外伊藤久二との間に本件株式を譲渡する旨の契約がなされ、(なお甲第五号証では譲渡人が原告梅津のみになつているが、本件株式六、〇〇〇株は原告君代の引受け分一〇〇株を除きその引受け名義にかかわらず実質的には原告梅津が引受けたものであることは前叙のように当事者間に争いがないのであるから右辻川らとの譲渡契約は原告君代の分については原告梅津が、代理してなしたものと認めるのが相当である。)既に同日右辻川らから原告らに対し手付金三〇万円が支払われているなど再抗弁1の(イ)の事実が存在すること、被告代表者である佐藤は既に同年一月二二日の段階で本件株式について県外人(辻川らはいずれも県外人である)から買い受けの希望がでていることを原告梅津から告げられて知つていたこと、原告梅津は、同年二月ごろから佐藤の代理人として本件株式の買い受けの交渉にあたつていた右播磨に本件株式は既に辻川らに売却済みである旨を告げていたが播磨から何とか佐藤に譲つてくれるよう強く要求されていたこと、原告らと佐藤との譲渡契約に関する契約書の標題が「株式譲渡仮契約書」となつていること、佐藤との譲渡契約における第一回目の代金内金の支払日が辻川らとの譲渡契約における代金内金の支払日の翌日となつていること等の事実が認められ、これに反する前記播磨証言の一部はにわかに信用できない。しかし半面前記各証拠によれば、原告梅津はどちらかといえば本件のような取引上の知識や才覚に乏しく、二重売買ということの意味にも、また契約書をとりかわすという意味にも深く留意することなく、播磨との交渉においても納得のいかない点もあつたが同人が警察上りだということから同人に委せておけば何とかなるだろうと思つたり、また佐藤を一応尊敬し、できれば同人に本件株式を譲渡したいという意思があつたものの、できるだけ早くそしてできるだけ高価にそれを売却したいと焦る余り辻川らに売却することに決めたのであつたが、何かこのことを佐藤にあからさまにいうのをはばかりたい気持に強くかられるなど終始優柔不断な態度を持したこと、また仮に播磨と原告らとの交渉においては既に辻川らとの契約のことにもふれられ、原告主張のような停止条件についてもある程度の合意ができていたとしても、契約の成立した当日は播磨も同席したとはいえ、同人を相手とはせず直接原告らと佐藤本人との間において最終的な話の交渉がなされたものであること、さらに佐藤や播磨にいわせれば契約書の「仮」なる文言も後に専門家に見てもらつてから正式な契約書を作成するという意味だということであり、また第一回目の代金内金の支払日を同年三月二一日としたことも偶然辻川らの第一回目の代金内金の支払日の翌日となつたものであつて、そのように定めた理由も銀行からの融資に要する期間を考慮したものであるということであり、これらのことも取引の実際上充分肯首できるものであること等の事情を合わせ考えれば、仮に前記の諸事実が存在するとしても結局かかる停止条件につき契約書に記載がないということ、当日明確な意思表示がなかつたという厳然なる二つの事実を打ち破るに足る暗黙の合意の存在は、これを認めることができないというべきである。

三、そうすると、原告らと佐藤との本件株式に関する譲渡契約には原告らの主張するような停止条件が付されなかつたものといわざるを得ないから、その不成就によつて右契約が無効となつたということはあり得ない。そうすれば、成立に争いのない甲第一号証によれば被告会社の定款には株式譲渡には取締役会の承認を要するとする規定がないので結局本件株式は有効に右辻川らと佐藤とに二重に譲渡されたことになる。そこで、右各譲渡契約はいずれも株券発行前になされたものであることは当事者間に争いがないので、商法二〇四条二項との関係で会社に対する効力が問題となる。即ち同条により右各譲渡契約が被告たる会社に対する関係で無効であるとすれば、被告もこれを承認することができないのであるから、被告はいずれの譲受人をも株主と認めることができず、結局原始株主たる原告らに本件株式を交付する義務があることになるからである。

商法二〇四条一項は定款で取締役会の承認を要すると定めた場合を除き株式の譲渡は自由であること、同条二項は、株券の発行前の株式の譲渡は会社に対して効力を生じないこと、二〇五条一項は株式の譲渡は株券の交付を要すること、二二六条一項は会社は株式発行後遅滞なく株券を発行すべきことなどを定めている。これらのことは、株式の譲渡は原則として自由であるが、それは株券の発行を前提として、これを待つて行なわれるべきものであるから会社は遅滞なく株券を発行すべき義務を負うという趣旨であつて、従つて会社がもし株券の発行を遅滞することにより事実上株式譲渡の自由を奪う結果になるとすれば、それは同法の右趣旨にもとるのみならず、信義則上も容認できないところといわなければならない。このことから同法二〇四条二項の法意を考えてみると、それは会社が株券を遅滞なく発行することを前提にしてその発行が円滑かつ正確に行なわれるようにするために会社に対する関係において株券発行前における株式譲渡の効力を否定する趣旨に解すべきであつて、一律に株券発行前の株式譲渡の効力を否定することはかえつて右法意にもとるものといわなければならない。そうであるならば会社が不当に株券発行を遅滞し、信義則にてらしても株式譲渡の効力を否定するのを相当としない状況のもとにおいては、株主は意思表示のみによつて有効に株式を譲渡でき、会社はもはや株券発行前であることを理由としてその効力を否定することができず、譲受人を株主として遇しなければならず、そしてこの場合においては、会社は株式の譲受人を単に譲渡人の株券受領代理人として扱うのではなく正規の株主として扱うべきであつて、譲受人はその名において会社に対して株券交付請求権を有するものと解するのが相当である。これを本件についてみるに被告(会社)は昭和三八年二月に設立され当初六、〇〇〇株を発行し、既にそのころその全部について引受けを得ながら、昭和四四年一月ないし三月にかけての本件各株式譲渡契約の成立したころまで約六年にわたり株券を発行していないことは当事者間に争いのない事実であつて、しかもそのことを正当づける理由については主張立証のないところである。そうすれば、本件における被告(会社)はまさに不当に株券発行を遅滞したものというべく、被告(会社)はもはや本件株式の各譲渡契約をいずれも否定し得ないものと解するのが相当である。

四、このように見てくると、いずれの譲受人も譲渡人の代理人となることなく直接会社に対して株券交付請求権を有することになる。また同時に譲渡人も譲受人に対し株券を伴つた株式を譲渡する義務があるからただ株式の譲渡契約をしたというだけでは未だ会社に対する株券交付請求権を失わないと解するのが相当である。

しかし、会社が後になつて株券の発行を終え、いずれかの譲受人を株主として承認し、同人の株券交付請求に応じて同人に株券を交付したのちは、民法四六七条に準じた一般原則による各譲受人の優劣関係を論ずるまでもなくもはや他の譲受人は株主たる地位を喪失し、以後会社に対する株券請求権を有しないことになると解するのが相当である。そうなれば、譲渡人も同時に株券交付請求権を失うことになる。これを本件について見るに、原告らと佐藤との本件株式譲渡契約においては、第一回目の代金内金一五〇万円の支払日が同年三月二一日であり、右代金支払と同時に本件株式を移譲するというものであるところ、当日佐藤は原告梅津方に代金一五〇万円を持参し、同原告に交付しようとしたが、同原告がこの受領を拒否したので、佐藤は同年四月五日右代金を供託したことについては当事者間に争いがなく、証人佐藤邦夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第一四〇号証、同第一五、一六号証の各一、二被告代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第五号証、右証言および右尋問結果によれば、被告主張の抗弁(二)の事実を認めることができる。右各事実によれば、被告は佐藤を原告梅津の代理人として株券を交付したわけであるが、当裁判所の前叙の見解に立てば、佐藤は譲渡人たる原告梅津の代理人となることなく直接株式譲受人としての資格(即ち株主の資格)において株券の交付請求権ならびにその受領権限があるということになるが、佐藤が右権利を有するにいたる時期については前叙のとおりの原告らと佐藤との本件株式譲渡契約の内容により、第一回目の代金内金の支払いの時であるから、佐藤が代金の内金として一五〇万円を供託した同年四月五日であると解すべく、そうすれば佐藤は実際上未だ株券交付請求権のないときに被告に対し株券の交付を請求し、それを受領したことになるが、これについては、被告の右株券交付の法律的効力は、佐藤の右供託を停止条件として停止しているけれども、佐藤が供託をした同年四月五日になつてはじめて発生するものと解することによりその瑕疵を救済するのが相当なので、結局被告が佐藤に対して株券を交付したことは正当である。そうすると同年四月五日において辻川らならびに原告らの被告に対する株券交付請求権は消滅するものと解するのが相当である。

五、以上の次第であるから、原告らの再抗弁2については判断するまでもなく、結局本件においては、原告らの被告に対する株券交付請求権はないことに帰するから、原告らの本件請求はいずれも失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 穴沢成巳)

別紙 目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例